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「不遇・戦争は気分が沈むから見ない」これでいいのか

西郷どん:最終回「敬天愛人」視聴率13.8% 期間平均は12.7%でワースト3位

 毎年この時期恒例(?)の大河ドラマ振り返り。それに対する我が家の反応はこんな感じ。↓
 



 母の言い分は「歴史ドラマの不遇な扱いを受ける時期とか、戦争中とかは視聴者の気分も沈むから見たがらず、視聴率が低くなる。」ということで、実際母は大河ドラマや朝ドラの戦時中とかそういう部分を嫌っているのですが、僕は「それでいいのか?」という気持ち。
 ひたすら自問自答を続けて答えが出る記事ではないのであしからず。

Ochanoma_mu

いや、それでいいんだけどさ
 いや、ドラマなんて娯楽なんだから、見たい人が見たいものを見る。見たくない人が見たくないものを見る必要なんてない。それでいいんだけどさ。
 でもそれでいいの?そんな都合のいい見方でいいの?

「ゴーヤは苦いから食べない!」と同じじゃない?
 「戦争は気分が沈むから見ない」ってのは「ゴーヤは苦いから食べない」ってのと同じじゃない?
 そりゃあ好きなもの食べりゃいいと思うけど、「ゴーヤは苦いから食べない」って言ってる人いたら「子供っぽいなぁ」と思うわけじゃん。「この苦さがゴーヤの魅力だろ!」って訳で。不遇時期も(こそ)西郷隆盛の生涯を描く作品にとって大切な部分だし、戦争を生き抜いた人を主人公にした作品を書けばそりゃ戦争の苦悩悲哀は書かなあかんでしょっていう。
 そういう意味ではそういう描写のあるドラマの視聴率が落ちるってのは、ドラマ視聴者の"幼稚舌"化が進んでるのかなぁと思ってしまいます。

でも最近のゴーヤ苦すぎない?
 こう書いてると、さも僕がそういう描写を楽しんで見てる側の人間だと思われるかもしれないけど、別に僕もそういう描写見るの好きじゃないよ。胸が押しつぶされるような気持ちで見ています。
 で、思うんだけど最近の製作者サイドは重苦しく書き過ぎじゃない?ゴーヤに例えれば、ゴーヤを苦く料理しすぎじゃない?ゴーヤの苦みを前面に押し出したゴーヤチャンプルー作り過ぎじゃない?いや、特に戦争関連では、少しでも「ゴーヤも美味しいところあるんですよ」的な料理作ったら「ゴーヤが美味しいわけないだろ!!」ってクレームが付けられるってのも想像がつくのよ。

分からない、分からないんだ
 とにかく、ドラマでのそういう描写への向き合い方が分からないんだ。
・甘~~~いゴーヤチャンプルーを要求する≒不遇・戦争時期もゲラゲラ笑って見れるような脚本を要求する
・ゴーヤを使わないよう要求する(沖縄料理コースなのにゴーヤチャンプルーが出ない)≒不遇・戦争時期がバッサリカットされたドラマを見る(西郷どんは江戸城無血開城で終わる)
・沖縄料理をこの世から無くす(そして沖縄料理は忘れ去られていく…)≒不遇・戦争時期がある人物は主人公にしない(戦争の悲劇が伝えられないので再び戦争へ・・・?)
僕はどれも間違いな気がする。
 そして、ゴーヤで例えて来たけど、ゴーヤは栄養豊富だから多少無理してでも食べるべきだけど、ドラマのそういう描写は見ることによって"心の栄養"になるのだろうか?分からない。するべきなんだろうけど。

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