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「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」という諸刃の剣

 「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」という言葉が2chを始めとしたネット上では有名ですよね。マザーテレサの「好きの反対は嫌いではなく無関心」と同系統(なのかな?)で、「確かに!」という感じですよね。
 が、この「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」という考えは諸刃の剣なんじゃないかという僕の思いを今日はご紹介。

いろいろな考え方に寛大になるけど・・・
 この「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」という考えは、昨今の、特に中高年にその傾向が見られる「自分(達)の考えや判断基準や習慣(=自分の正義)と異なる(理解し難い)考えや判断基準や習慣を持つ人(達)に悪というレッテルを貼り叩く」という風潮に対するアンチテーゼなのだと思います。最近の日本だと、某国の新大統領とか隣国の独裁者とか新興宗教団体なんかがよく対象になる感じですかね。
 しかし、某国の新大統領は「他国民より自国民」という正義(そういうわけでもないと思うけど)で動いている訳だし、「民主主義がいいか独裁がいいか、資本主義がいいか共産主義がいいか」という問題に対して、民主主義で資本主義の日本人からしたら、隣国の独裁制で共産主義の隣国が奇妙に見えるだけ(もちろん問題点は諸々あるけど)だし、同様に信仰心が広く浅くな大多数な日本人からしたら、狭く深くな信仰心を持つ人が奇妙に見えてるっていうだけなんですよね。
 と、まあこのように「わたし(達)には考えられない、行動を起こす人(達)!悪だ!」という意見に対して、「いやいや、彼(ら)は自分(達)とは別の正義の元で動いてるだけだから・・・。」と寛大な心を持っているようになるんですが・・・。これってただ単に、他人のやることに無関心になってるだけですよね。と、いうのも相手の正義について調査したり、自分の正義と比較したり・・・ということをしてないで、ただ単に「いや~俺には考えられない行動けど、彼らには彼らなりの正義があるからねぇ~。正義の反対は悪じゃなくて別の正義だから~。向こうの正義がどんなんか知らんけど。」って脊髄反射してるだけなんですよね。そういう意味では「自分達の正義と違う!悪だ!」っていう人と同じなのかもしれませんね。

結局悪は存在するんだよね
 それでも「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」という考えは正しいと思います。が、これだけだと、悪がいなくなってしまうんですよね。しかし、実際悪は存在しますよね。なので、「悪の反対は正義ではなくまた別の悪」という考えも持ったほうがいいと思います。この、「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」だけが広まり、悪がいなくなった結果が、一部のインターネット界隈にはびこる「自分達の正義じゃないから悪だ!」とされている人への判官贔屓の風潮(上記の新大統領・独裁制はては犯罪者までもが称賛されてたりするからね)だったりするのかなと思います(TVへの反骨心みたいのもあるんだろうけど)。

まとめ
 「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」の考えを持つといろいろな考え方に寛大になったように感じるけど、ただ他人に無関心になってるだけ。あと、その考えだけだと悪が存在しないことになってしまうけど悪は存在するよね。
 世の中にはいろいろな正義・いろいろな悪があるわけですが、その支持不支持等の判断は、自分自身でよく調べ、よく考える必要がありますね。
 僕はこれからも「正義の反対は悪ではなくまた別の正義」「悪の反対は正義ではなくまた別の悪」という考えを正義として生きていくつもりだけど、「正義の反対は悪」「悪の反対は正義」という考えで生きている人もいるし、それがその人たちの正義なんだよなぁ。

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