プロフィール

« ~続・卑弥呼が主人公の大河ドラマはできないのか?~ 「倭の女王・卑弥呼」「親魏倭王・卑弥呼」を読んでみた | トップページ | クックドゥ的な物も甜麺醤もいらない麻婆豆腐の作り方 »

なぜ読書感想文が苦痛なのか考察してみた

 夏休みの宿題といえば読書感想文。読書感想文といえば苦痛。
 ではなぜ、読書感想文は苦痛なのか?twitterで話題になったのを見て見ると…
「課題図書とか言うお堅い本で書かされるから」
好きな本で書いてたけど苦痛だったんですがそれは。
「『自由に書いていいよ』とか言いつつ結局は『教師が・学校が求めるいい読書感想文』に書き直しさせられるから」
自由に書いても苦痛なんですがそれは。
 と、教育界の問題を置いておいても読書感想文は苦痛です。ではなぜ苦痛なのかを考察してみました。

本を読むときに感想を抱かない!
と、いうことでこんなアンケートを取ってみました。
本(小説等)を読んでいるとき、脳内で小説が再生される?
【結果】
1: ドラマやアニメで再生される 5件 (62.5%)
2: 朗読で再生される 2件 (25.0%)
3: その他のもので再生される 1件 (12.5%)
4: 特になし 0件 (0.0%)

 あまり投票数が多くありませんが、半分以上の方が、本を読むときにその内容がドラマやアニメで再生されるようです。僕もそうです。
 つまり、僕が思うに、本を読んでいるときはそのドラマやアニメの再生に頭を使うので、さらにそのドラマやアニメの感想を抱くところまで頭が回らないのではないでしょうか。「AがBとCした。」という文章を読んだら、AがBとCする映像が脳内に流れて、「あ~、AがBとCしたんだぁ~」という思いを抱いて終わりでしょう。読書感想文はそこからさらに奥に踏み込まなければいけないので苦痛なのです。

読書監督文のすゝめ
 ただ、「何か本を読んで、それに関する文章を書かせる。ただし紹介分ではない。」という作文の課題の必要性はなんとなく分かります。なので、現状の感想文ではなく↑の結果を映した「読書監督文」というものを提案してみたいと思います。
 すなわち、「この本が実写ドラマ化されるなら主演は○○さんに」とか「アニメ化されるなら××の声は△△に」とか、「この部分はこういう背景にします」とか「こういうBGMを流します」とか「このシーンはカットでw」とか「このセリフはこう変えます」・・・。等々、さながら監督のように、自分の脳内で再生されるドラマやアニメがどのように流れているのかを説明する作文です。
 登場人物に当てはめる役者や声優を見れば、各登場人物に抱いているイメージが分かりますし、人によって同じ場面(文章)でも視覚効果等が違うので、そこに感想の違いが現れます。シーンやセリフの編集を見ればどのシーンがお気に入り(伝えたい場面)でどのシーンがどうでもいい(伝えたくない場面)かが分かります。

まとめ
 半分以上の人は読書しているとき、そのシーンをドラマ・アニメで再現するのに頭を使っているから感想を抱くところまで行かない!そのシーンがどう再生されたかを説明する「読書監督文」を書かせるべき!来たれ、一億総監督時代!
 余談だけど、賞とか獲ってる読書感想文ってその本には本当にちょっとしか触れてなくて、そこから自分がどう変わったかみたいなのを長々書いてるんだよね。そんな本のほんの一部で人生変わっちゃうって危険すぎるでしょ。ウェイヴの最後に自殺する奴かよ!

« ~続・卑弥呼が主人公の大河ドラマはできないのか?~ 「倭の女王・卑弥呼」「親魏倭王・卑弥呼」を読んでみた | トップページ | クックドゥ的な物も甜麺醤もいらない麻婆豆腐の作り方 »

アンケート考察」カテゴリの記事

学校/教育」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

Twitter

  • 主に更新情報を呟いています
無料ブログはココログ