プロフィール

« 「ペットは家族」という風潮に物申す | トップページ | 俺が持ってるカードゲーム(ボードゲーム)のレビューをしてみる3 »

「なぜ野球応援に行かなければいけないのか?」について考察してみた

 夏が終わりましたね。夏といえば夏休み。夏休みといえば高校野球。高校野球といえば、高校時代、「なぜ野球応援に行かなければいけないの!?」という不満を抱えた(抱えている)人達は多いでしょう。と、いうことで「なぜ野球応援に行かなければいけないのか?」という疑問について、僕なりに考察してみました。
 俺が行かされたとき(高1)はたまたま野球ゲームにハマってたし、もともと期待値ゼロだったから「あぁ~負けたよはっはっはw」って感じで割と楽しんでました。

※あくまで僕個人の考察です。ソース皆無ですのであしからず。

Baseball101


多分事の発端はこんな感じ
【時代】大正時代とかそれぐらい
【登場人物】
太郎:主人公。部活をやっていない高校生。いわゆる"カリスマ性"がある。
次郎:太郎の同級生。野球部じゃない。
~~~~~~~~~~
太郎「我が校の野球部は皆練習頑張ってるなぁ。我が校の代表として頑張ってほしいなぁ。」
太郎「自分は部活をやってないから暇だし、応援してあげたいなぁ。・・・うん、応援しよう!」
太郎「せっかくだから仲間を集めて大人数で応援した方がいいよね!1+1は2じゃねぇ!200だ!10倍だぞ10倍!」
太郎「これこれこういう訳で野球部の応戦行こうぜ!学校の代表として頑張っている人を応援するのは当然だろ?(注:カリスマ性溢れる勧誘文句です)」
次郎「さすが太郎!行くともさ!」
次郎「太郎がこれこれこう言ってた!みんなで行こうぜ!」
同級生「「行く行く!さすが太郎いいこと言うぜ!」」
と、太郎を起点とした野球部応援しよう運動はまたたく間に学校中の一大ムーブメントになりました。
そして太郎の呼び掛けにより、大応援団を要する高校は"応援のおかげで"いい成績を収めることができました。そして、太郎の高校に負けた野球部の学校が「応援の力って凄い!」となり、次大会は生徒の応援を要請することに・・・。
こうして「野球応援」は全国各地の高校に広まっていきましたとさ・・・。
~~~~~~~~~~
この時はまだ「全員参加」ではなく「太郎のカリスマ性などに惹かれた生徒が参加したことにより、多数の生徒が参加した」ぐらいな感じでしょう。

なぜ野球なのか?
 「『学校の代表を応援しよう』というのは分かる。しかしなぜ野球なんだ?サッカーだって柔道だっていいだろう?」と思う人もいるかもしるでしょう。その答えは昔は野球部以外の部活はクソみてぇなもんだからです。あえて口悪く言いましたが、"大会の規模がデカい""チーム競技"の部活は野球部ぐらいしかなかったんだと思います。サッカー部がない学校、ラグビー部がない学校なんていくらでもあっただろうし、そうすると大会に参加する学校の数が減るので大会の規模が小さくなります。大会の規模が小さくなると応援団が入れるようなスペースがないような場所で試合をやったりするので、応援はしづらいでしょう。そしてやっぱり個人よりもチームの方が応援しやすいでしょう(団体戦があるぞ!という個人競技部の叫び声は通らない・・・)。
 ひょっとしたら太郎は全部の部活を応援していたのかもしれません。ただ、大会の規模が一番デカイ野球が目立ったという話かもしれませんね。

なぜ全員参加なのか?
 上述の通り、太郎が始めたころはまだ全員参加ではなかったと思われます。それでも、「太郎には協力してやろう」「あの太郎先輩が始めた応援」みたいに"太郎のカリスマ"によってほぼ全員参加状態になっていたのでしょう。しかし、他校に広まるうちに、何代と受け継がれていくうちに、"太郎のカリスマ"の効果は薄れ、応援に行く人数が減っていく・・・。と、いうところで「そうだ!全員強制参加にしちまえばいいんだ!」となったのでしょう。
 また、何代も受け継いでいる内に、応援団を率いる元が"有志の生徒"から"学校"に移ったのでしょう(上述の強制参加化との兼ね合いもある)。「運営が有志から公式に移動するとクソ化する」というのは現代でも通じる事ではないでしょうか?(Jリーグでもあったような気がします。)

無くすにはどうしたらいいか
 太郎の応援行こう運動が広まった要因に、太郎のカリスマ性があります。ということは、応援止めよう運動を広めるにもカリスマ性が求められる訳です。しかし、今相手にしなければいけないのは学校。さらに「そういうもんだから」とか「先輩たちも我慢してやって来たことだから君らの代から~みたいことはできない」みたいなことを言われるでしょうから、相当なカリスマ性が必要となるので一筋縄ではいきません。

まとめ
・野球応援の発端は、頑張ってる人を応援したい!という想いを持ったカリスマ性溢れる人物が始めたのがきっかけだと思われる。
・そこから時間が進み、他校にも広まる過程で発起人のカリスマ性の効果は薄れて行き、強制参加になった。
・カリスマ性ある人が止めよう運動を始めれば野球応援無くなるかもね。ただし並のカリスマ性じゃうまく行かないよ。
 書いてて思ったけど、
「学校の代表として頑張っている人を応援するのは当然だろ?」←好きでやってるだけだろwwww
「先輩たちも我慢してやって来たことだから」←出た~!不幸を共有したがるニッポン人wwwww
みたいな反論がtwitterとか2chには溢れるだろうからやっぱり野球応援って時代遅れなもんだと思います。
 ただ、「太郎め・・・余計なこと始めやがって・・・(怒」みたいに思うのは辞めてほしいなぁと思います。「学校の代表として頑張っている人を応援するのは当然だろ?」って考えは間違ってないはずですし、多分太郎はいわゆるぐう聖ですもん(上手く文章で表現できなかったけど)。現代だと「意識高いwwwwwwww」とか「就活の為のポイント稼ぎwwwwwwww」とか言われるのかなぁ。世知辛い世の中だなぁ。

今回紹介した、

ぐう聖で、意識が高く、カリスマ性ある人が有志で始める

カリスマ性に惹かれた賛同者が集まる

賛同者が次世代に初代のカリスマ性を力説し引き継ぐ

世代を重ねるにつれ初代のカリスマが薄くなる

有志に対して"公式"が口を出すようになる

"公式"の力を利用して有志が強制になる

「そういうもんだから」「みんなやってきたから」で誤魔化されるようになる

このパターンは割とあてはまるものが多いのではないでしょうか?労働組合とか。

« 「ペットは家族」という風潮に物申す | トップページ | 俺が持ってるカードゲーム(ボードゲーム)のレビューをしてみる3 »

学校/教育」カテゴリの記事

野球」カテゴリの記事

コメント

itoikiyoshidaroomae

この記事へのコメントは終了しました。

« 「ペットは家族」という風潮に物申す | トップページ | 俺が持ってるカードゲーム(ボードゲーム)のレビューをしてみる3 »

Twitter

  • 主に更新情報を呟いています
無料ブログはココログ